日々のこと


by wumingzhi
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さよならBaby 7 手術

 エレベーターが停まり、出た先は一般の人は立ち入り禁止区域。私は上と横しか見えなかったが、長い廊下の両端にはたくさん部屋があり、廊下に立っている人たちはみな手術着を着てマスクをしてキャップを被っている。
誰も物も言わず、こちらを見るとただ顎を引くようにして軽く頭を下げる。
自分が人間界ではない、不思議な世界に連れてこられた気になる。



でも涙は止まらない。

一つの扉が開いてそこを超えるとき、マスクをしてキャップを被った女の人に名前を聞かれた。名乗ろうとするが声が出ない。声を出すと嗚咽してしまいそうで怖かった。
なんとかちっちゃなちっちゃな声で、苗字を名乗る。下の名前も訊かれる。苦労して下の名前も告げる。
 
なんではきはきと名前くらい言えないんだろうと思うと情けなくてますます涙が出てきた。
十代の娘さんじゃないんだし、いい歳した人妻なんだからいい加減腹くくったらどうなんだ、と思う。
思いはするが悲しさとみじめさと情けなさと痛みへの恐怖が入り混じった気持ちはどうにもならない。一刻も早く麻酔を入れて欲しかった。そしたら何も考えなくて済むのに。
居酒屋のカウンターに向かって「おやじー、酒だ酒、早く酒持って来―い!」と叫ぶ酔っ払いみたいに、そのときの私は麻酔を欲していた。
 
麻酔中に嗚咽で息が詰まると怖いので(ジョン・ボーナムの亡霊再び)、とにかく泣くのを我慢した。
 
手術室で、ストレッチャーから手術台に移動する。よく考えたら術前なんだから歩いてここまで来れたはずなのに、なんでストレッチャーなんだろう、とふと思った。劇的効果を高めるためか? なんでやっ。
 
手術台に仰向けになって膝を曲げた格好で膝から下を固定される。体勢としては、椅子に座ってその椅子を仰向けに90度倒した格好。それから局部を消毒される。この消毒が冷たくて体がびくっとする。こんなのも麻酔をかけてからでは駄目なのだろうか。だんだん怖くなってくるのだ。
(ちなみに私はその必要はなかったらしく、「おケケ」は剃ってません。)

情けないことに、この時点の私の心境には、「さようなら、私の赤ちゃん…」というような感情はなかった。とにかく怖い、痛いのいやだ、意識が戻ったときの悲しい気持ちがいやだ、早く麻酔を、ということばかり。自分勝手なのである。
 
やがて術前の作業が終了し、点滴で麻酔が入った。
2秒ほどで目の前がどよっと歪み、意識が混濁し、青緑色の術着姿の医師が見えるような…。

そんな朦朧とした意識の中で、手術は終わった。

手術中、私は痛がっていたらしい。あまり覚えていない。
麻酔はたぶん痛くなくなるのではなく、痛かったことを覚えていなくさせるだけなのかもしれない。
それにしても、今回は麻酔をケチられたような気がした。もっと深い深い眠りについて何もわからない夢を見たかったのに。
 
終わった直後、なんとか「ありがとうございました」と言い、それから「中に何か入ってます?」と訊いた。
「入ってませんよ」と先生。
 
そのときはなんとなく、ガーゼみたいなのものが詰めてあったら後で取らなければと思ったのだが、そんなことは向こうに任せておけばいいわけで手術直後の患者が気にすることではない。
だからこれは術後の妄言なのだが、今回は妄言としてはいまいち面白みに欠けたな、とちと反省。
 
ストレッチャーで(今度は本当にストレッチャーが必要)リカバリー室に戻される。
時間は3時30分。この部屋を出てから30分ちょっとが経っている。
手術室に入ってからも術前の準備が結構かかったので、正味の手術時間としては20分くらいのものだったかもしれない。
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by wumingzhi | 2005-03-19 14:27 | さよならBaby